暮らしに寄与してきた半面、悪(あ)しき影響への心配はどこも同じとみえ、英語には「愚者のランプ(イディオッツ ・ランタン)」と呼ぶ俗語もある。これを「阿呆(あほう)の提灯(ちょうちん)」と訳したのは誰だったか。ともあれ1億台となれば、ほぼ国民ひとりが一つずつ、提灯を提げている計算になる。
电视对生活做出贡献的同时,也带来了恶劣的影响,对此的担忧无论在哪都是一样的,英语里有一句 “ 愚者之灯 ” 的俗语。不知是谁将它翻译成了 “ 阿呆的灯笼 ” 。无论怎样,电视机普及台数达到 1 亿台,算起来,几乎是每个国民都提着一个灯笼。
俳人の長谷川櫂(かい)さんが雑誌で、家庭にテレビがあることを、「家族の中にあまりガラの良くない他人がいるということ」と述べていた(「望星」4月号)。安手なバラエティーなどに苦り切り、我が意を得たりの人も多いだろう。
俳人长谷川櫂在杂志中将家庭里的电视说成是 “ 亲人之间一个品性不佳的外人 ” (《望月》 4 月刊)。想必有不少人对电视的低俗节目苦不堪言,也有不少人对其甚为满意吧。
テレビ草創期以来の半世紀は、その “ ガラの良くない他人 ” が、ぐいぐい巨人化してきた時代でもあった。たとえば成長期の少年が、自分の腕力に無自覚なまま人を殴り、思いがけないけがをさせてしまう。それに似た幼稚さと無責任が、なお業界にあるように見える。
电视机发明以来的半个世纪,也是这个 “ 品性不佳的外人 ” 气势汹汹地成长为巨人的时代。例如青春期的少年,对自己的暴力行径毫不察觉,殴打他人,以至于使别人受到了不可想象的伤害。与青少年这种行为相似的幼稚和不负责任,似乎也存在于业界。
関西テレビの捏造(ねつぞう)問題を機に、政府は放送法改正案を国会に提出して会期中の成立をめざしている。国の規制を強めようとする法案である。テレビ側にも問題はあるが、表現の自由の阻害を心配する声も大きい。
以关西电视台的捏造事件为契机,政府向国会提交了放送法改正案,希望在国会期间能予以通过。法案是用来强化国家制度。虽然电视一方存在一些问题,但担心通过法案来约束会妨碍表现自由的呼声也很大。
不名誉な呼ばれ方の多いテレビではあるが、良くも悪くも、家族の一員のような存在ではあろう。ガラの悪さを正すのは、国家権力ではなく、作る側の良識と、見る側の批評眼でありたいものだ。
尽管电视有很多不太好听的名字,但无论电视是好是坏,它就像是家庭的一员一样存在于生活中。纠正电视品性的恶劣,希望依靠的不是国家权力,而是制作方的良知和观看方的批判眼光。